昨日今日、広田一参議院議員と、街頭演説で東濃地方を駆け巡りました。

昨日は、12時過ぎの電車で到着後、間髪居れず、多治見駅前で演説を開始。それからお昼ご飯、そして、多治見、土岐、瑞浪のスーパーや駅前で行いました。

本日は、恵那、中津川でした。1時半過ぎの電車で東京に帰って行かれましたので、お見送りの後、多治見駅前で街頭演説を行い、一旦事務所に帰ってきたところです。

演説をしながら感じたところは、「政治の世襲」に対する批判がグッと強くなったということです。空気でわかりますよね。やはり、世襲議員の代表格である安倍総理、福田総理と2代に渡って政権を投げ出してしまったのですから・・・。

これまでは、「世襲であっても、その人に能力があるのであれば良い。」、「幼少の時より、政治の環境の中で育っていることの他の人には真似のできない利点。」とか「選挙で国民が選んだのであるから。」とか、世襲批判に対しては、それなりの反論が繰り広げられてきたところです。

しかし、ここに来ますと、「弱い」、「無責任」、「結果が出ない」ということで片付けられてしまう所まで来てしまいました。つまり、「政治は結果」といいますが、結果がでないという結論です。

ところで今度の総選挙は、「世襲」対「たたき上げ」の決戦が全国的に繰り広げられます。

皆さんは、「世襲」と「たたき上げ」のどちらに、夢を、日本の未来を感じますか。



自民党の総裁選、にぎやかですね。今のところの候補は、麻生氏、石原氏、小池氏、与謝野氏です。
まだまだ、出てきそうですが、今の方々が有力な方ですよね。

さて、今回の選挙ですが、これこそ、まさに「自民党」といいますか「自民党政治」を代表する方々の立候補ということになります。それは、何か。

「世襲と東京」ということですね。4人全部がそれに当てはまりますし、両方を兼ね備えている方もおいでです。

ですから、今日的な政治状況の象徴ともいえるのではないでしょうか。

例えば、全国的に様々な格差が大きくなる一方、勝ち組と負け組の固定化とも言われる社会の階層化が進み、中流社会の崩壊を憂う声が高まっています。そして、その階層化の象徴こそが、公の政治を家業とする世襲議員ですし、安倍総理、福田総理のように、総理大臣の子孫という最高ランクの世襲議員が総理を代々務めるという時代になっています。麻生さんにぴたっとくるではありませんか。

また、東京一極集中といいますか、東京は繁栄しているものの、それぞれの地方は疲弊の一途を辿っている。地域格差ですね。あとの3名が東京出身です。

結局、「世襲と東京」なのです。これからもこの路線で日本を運営していこう、という表れなのではないでしょうか。

これで、日本は大丈夫なのでしょうか。政治は、結果と申します。結果は、いかがなのでしょうか。

地元のたたき上げ、これが私の決意です!

今朝は、瑞浪駅前で街頭演説を行いました。

瑞浪駅の特徴といえば、通学の高校生から、「おはようございます」と挨拶を投げかけてもらったり、こちらも「おはようございます」と返しますと、「キャッ」とか「クスッ」といった風に笑いが帰ってくる、こんな風景ですね。愛嬌があるのです。

マイクを握って立つ位置が、通勤・通学路の中心線にあるのでしょうか、通路の幅が広い中ですが、袖刷りあうぐらい近くで、駅に向かう人、降りてくる人が通り過ぎていく、その流れの中で、ジャンジャカとマイクに力を込めて演説している感じです。

ちょっと離れて、その光景を見てみたいなあ、なんて思いながら、力を込めているのですよ!
福田総理が辞意を表明されました。安倍総理に続く2代連続の降板劇です。

実は、この2つの政権、同じような結末を辿ったのですが、同じ弱点、政権の弱みを抱えていたわけです。つまり、選挙の洗礼を経ていない、国民の信を勝ち得ていないということですね。根源的な権力の源である国民からのGOサインが出ていない以上、大きな案件、抜本的な案件、どうしてもこれだけは実施したいという総理自らの発意による政策、いずれも頓挫してしまいがちな状況にあったわけです。ですから投げ出さざるを得なかった・・・。

ということですから、次の総理もすでに名前が取り立たされておりますが、これまでの政権と全く同じ弱点を抱えたままの状態が続くわけですね。そうなると最終的には、政策運営の推進力とか突破力が不足しているわけですから、結果が出せず、不幸になるのは国民、ということになってしまいます。

ですから、小泉総理の下で作られた枠組みの中で、政権をたらい回しにするのではなく、今必要なことは、総選挙を実施し、国民の信任を裏づけとする力強い政権を誕生させることではないでしょうか。

結論は、早期の解散・総選挙です。
偶然にも、参議院議員の友人から電話をもらいました。学生からのつきあいです。

現在、無所属議員ですので、「例の新党から誘いはなかったの。」と率直に、というより興味本位で聞いてみますと、「○○さんから、ありましたよ。」と全く歯牙にもかけない様子。「民主党ばかりではなく、自民党からも何人かつれてこないとおかしいのでは・・・。」と答えたら、それきりになったそうなのです。

ただ、入ったメンバーには仲の良い人も入っているらしく心配していました。「感情だけで、入ってしまった。感情的になることがあったため。特に選挙がらみ。」とのことでした。

それぞれに理由があるのでしょうが、底流にあるのは、「感情」と、結局は「打算」ということのようです。人間的というべきなのでしょうか。それとも政治家には、もっともっと期待すべき事があるのでしょうか。

私の考えでは、「自分のため」という気持ちまで、全て否定する気はありませんが、「世のため、人のため」という「公」の気持ちがあるかないか、強いか弱いかが大事かな、と思うのです。端的に言えば、「大義名分」ですね。

もっとも、世間の反応を見ていますと、この問題を論ずる事自体、不要だったのかもしれませんが・・・。

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