あっという間の大晦日。すでに、多治見市内も車の通りが、めっきりと少なくなり、お正月準備万端というところでしょうか。

さて、2008年。この年は、日本にとっても、私にとっても勝負の年となるはずです。

小沢代表は、15年という数字をキーワードに掲げて新年の抱負とするようなことを言っています。曰く、「黒船来航から15年を経て、明治維新となったように、自分が自民党を割って出て、来年で15年。政権を獲りたい。」といった感じの話です。

この15年という数字、偶然ですが、先日、内閣府の発表によると日本経済がピークを越えて、来年で15年になるということなのです。すでに日本は、15年も下り坂という状態なのです。

1993年には、日本は一人当たりの国内総生産(GDP)が、世界第2位であったところが、今や18位。先進国クラブと言われるOECD加盟30カ国のうちでも下位グループとなりました。サミット参加のG7諸国の中で、日本はブービー賞。イタリアをわずかに上回る状況です。

1位のルクセンブルグが89840ドル。2位のノルウェーが71857ドル。一方で日本が18位の34252ドルで、1位と2位の半分にも満たない状態です。

政府がいくら、国内の経済の調子が良く、いざなぎ景気を超える戦後最長の好景気と言い続けても、実際は、ズルズルと沈みつつあるということなのです。政府の発表は、かつての大本営発表のように威勢が良いだけでは困るのです。

そして、米軍への思いやり予算とか国際貢献とか。米国からの注文に応え、せっせとキャッシュを払う日本。しかし、アメリカの方が日本より、リッチなのでして、貧乏な方が金持ちに対し、せっせ「思いやり予算」をあげる。これが誇りある姿なのでしょうか。

日本政府は、見栄を張っているのでしょうか。それともショバ代が高いのでしょうか。

原点に返って、世界の中の日本。この日本の強みは何だったのでしょう。文化に歴史に技術力。様々あれど、結局最後に残るのは、経済力であり、日本という国は商売人の国として位置づけられてきたのでは無いでしょうか。

だったら、「まず儲ける。」これに、日本のもてる力を注ぎ込む、そういう時に来ているのではないでしょうか。戦後、貧乏の日本は、まず、「石炭」と「鉄鋼」部門に、全精力をつぎ込み、それから各部門へと波及、日本を発展させてきました。

「まず、儲ける」。そして儲けたら、使おうではありませんか。使い先は、年金、医療に介護、教育、インフラ整備と沢山あります。お金が足りないのに、使い道の方を考える。ナンセンスです。ただ、借金が溜まるだけのことです。

さあ、儲けましょう。有望で、日本が得意なところでは、環境関連、ロボット、ナノテクなど様々あります。

この岐阜5区で言えば、新エネルギーです。

つい先日まで、福田総理が訪中されました。中国が、日本に対し最も欲しいと求めてきたものは何だったですか。核融合技術ではないですか。この核融合技術、わが故郷に世界トップクラスの研究所があるではないですか。

中国が欲しがるものを私たちは持っている。では、それを活かして行こうではありませんか。

核融合を始め、関連の超伝導技術、水素エンジン。次世代の産業を、この地で興し、東濃地方を日本の成長のエンジンとする。世界最先端の製品や技術でもって、世界中に売って売って売りまくる。

国を豊かに、国民を豊かに、これこそ、政治の原点です。

「まず、儲ける」、私の公約です。





リニア新幹線について、中津川市議さんとお話をしてきました。

「中津川では、盛り上がってますか。」と聞くと「ほとんど話題になっていません。リニアの話が出てから、余りにも長いので、またという感じです。」とのこと。

それでもと思い、中津川での評判を聞いてみると、

1 JR単独でという話になっているが、額が大きすぎて無理だろう。むしろ、政府を動かすために、話題化させたのではないか。今の計画では株主が黙っていないだろう。

2 岐阜県は通らないのではという話も出ている。企業が行うとすれば、利益の話が優先される。だったら岐阜県を通すメリットは、飯田から名古屋にかけての直線上ということで、建設費を安くできるということぐらいだろう。むしろ、飯田から南進し、豊田のほうに行けば、トヨタからの出資もあるかもしれないし、メリットも大きいのではないか・・・。

3 中津川駅の改修という話があり、リニアに託ければ、うまく行くのではないかということで、期待感をあえて出すというやり方はあるかもしれないが、リニアが中津川に停まるという話を本気にしているわけではない。

というもので、冷めているというか浮かれていないという感じでした。

確かに、株価をチェックしましても、本日も6.89%のマイナス。話が出て2日間で、一株あたり17万1000円(15.8%のマイナス)も下がっております。これでは株主の皆さんのお正月が質素になってしまいますよね。

とにかく、東濃地方の地の利の良さに甘えてしまっていることの危険さを改めて感じさせられました。地の利を活かさなければ、宝の持ち腐れです。誰の責任かといえば、住んでいる私たち住民の責任なのでしょう。

地の利を活かす、さあ皆さん、一緒に頑張ってみようではありませんか。そして、リニアが通らしてください。停めさせてください。そんなことを言われるような故郷を創ってみようではありませんか。




リニア新幹線が2025年に東京・名古屋間で開通。JR東海が自前で、5.1兆円を負担するとのことです。東濃地方を通ることになるでしょうから、まさにラッキーといいますか、これぞ地の利ということではないでしょうか。

リニア新幹線が通れば、経済環境が一変してしまうでしょう。この地は名古屋圏ですが、GDPにして50兆円経済圏に属しています。それが東京圏200兆円とも関西圏100兆円とも40分あまりで結ばれますので、東濃地方は、時間距離的に東京圏にも関西圏にも属することになりまして、合わせて350兆円経済圏に含まれることになります。

経済規模にして現在の7倍。チャンスも7倍ということになれば・・・という期待が膨らみますが、競争も7倍という具合でしょうか。

当地はラッキーなのですが、このリニア新幹線構想、果たして世間といいますか世界的にどのように評価されているでしょうか。こういう視点で、本日の株価を見てみますと、JR東海株は、本日8.85%の急落。大きな下げを演じてしまいました。やはり、そんな大金を負担できるのかという心配の方が大きかったということですね。今日のところは、全く評価されていないということです。

JR東海が、駅だけは地元で作ってという考えですので、リニアを停めたかったら駅を作らなくてはなりません。いくらぐらいかとなると建設中止で話題になった新幹線の栗東駅の場合で240億円でした。

次には、どこに駅を作るのか、という話になるでしょう。多分、これまでの議論からいって1県1駅ですね。

特急停車駅からの類推では、多治見と中津川。多分、長野県は飯田に駅ができますので、そうすると隣の中津川は厳しいか、という状況です。

名古屋と飯田の真ん中では、ということになると瑞浪になります。東濃地方の真ん中でどうかと政治的な発想でも瑞浪ということになります。しかし、リニアを作るのは、政治ではなく企業。利益のことが最優先されます。そうすると、東濃地方でも最も人口の少ない瑞浪ということがネックになってしまいます。

それでは、多治見かということですが、確かに人口は11.4万人と最大。しかし、リニアのレベルから見れば、たかが11.4万人ということになってしまいます。しかし、名古屋に近すぎてリニアの意味が無いという見方は当てはまりません。「のぞみ」の場合でも、東京、品川、新横浜、名古屋でして、乗降客の多いところに停まっており、距離は関係していませんから。

要するに決定打は無く、これからもあれこれとした議論がでるでしょう。しかし、長野新幹線ができた結果、長野県で栄えたのは、軽井沢だけではないか、というような状況です。時間的に近くなってしまったため、買い物を含め、長野市の消費も東京に吸い取られてしまったというわけです。そうすると軽井沢のように別荘というか高級リゾート地という求心力がないと、チャンスを生かす方向にはなりません。

また、東濃地方に東京や大阪の会社に毎日通勤するリッチなサラリーマンが家を建てるということも期待できますね。高崎とか、新幹線で朝の通勤ラッシュが起きているほどですから。

私の予想は、東京、新宿、八王子、甲府、飯田、東濃、名古屋、四日市か亀山、奈良、新大阪という感じです。東京だけ3つでしょうか。当地には、新幹線でいう「こだま」が停まる事になるでしょう。

要するに「リニアが来る、わーい」というハコモノ誘致のような発想では、駄目というわけですね。

リニア新幹線を生かす、このためには、新しい発想、新しい地域政策が必要なのです。

大きな絵を描いてみたい・・・夢は広がっていきます!!!




本日は、土岐市内を街頭演説で回りました。

土岐津では、手を振りながら近づいてきた方が、おみえでしたので、車を停めるとなんと多治見署の刑事さん。今朝早くというか夜中のパチンコ強盗の聞き込み捜査をされているとのことでした。

「お疲れ様です。」、「がんばって!」、そんなやり取りで別れました。これも近所(事務所と多治見署は、すぐ近所です)のよしみでしょうか。

さてさて、実は、今朝7時過ぎに電話を頂きまして、多治見駅前に街頭演説を聴きに来ているが、どうなっているのかという問い合わせでした。第4月曜日にはやっていると聞いたので来たが誰もいない、ということでした。聞いてみますと夜勤明けに来た、ということで益々申し訳なく思いました。「本日は休日で、仕事が休みの方が多いので、こういう時は、次の火曜日の朝にやっています。」とお伝えしました。

わざわざ聞きに・・・、ありがたいという気持ちで、「頑張るぞ」と本日の街頭演説に力が入った次第です。

明日は、多治見市倫理法人会主催のモーニングセミナーが、6時から7時までの1時間、多治見の修道院でありまして、ドイツ人の神父様を講師にしての勉強会が開催されます。これに出てから多治見駅頭にての街頭演説を行う予定ですので、7時過ぎからのスタートとなります。

ちなみに、私はキリスト教の信者ではなく、神様と仏教(臨済宗)です。

また、神父様に交渉した法人会の幹事さんにお聞きしますと、通常、キリスト教では、24日のクリスマスイブに諸行事があって盛り上がり、25日は休みということだそうで、25日に活動しているのは、世界の中で多治見だけではないか・・・ということを神父様から言われたのだそうです。

万事、日本式ということでしょうか。




北朝鮮が建設した原子力発電所の代金448億円を日本政府が肩代わりすることになったのだとか。皆さんご存知でしたか。

もともと、日本の国際協力銀行が北朝鮮に融資して、原子力発電所を作ることになっていたものの、北朝鮮が核兵器保有宣言をしたことから頓挫。融資が焦げ付いているわけです。

日本としては、北朝鮮政府に返済を求めるので、「肩代わり」ではないというのが政府見解なのですが、返済してもらえる見込みはなくて、結果的には「肩代わり」になることを承知しているということです。

日本国政府は、来年度に90億円を予算計上しており、5年間で返済する予定。もちろんすべて税金です。

どのような判断でこういうことになったのかは、全くわかりませんし、説明もされていませんが、少なくとも、安倍総理の時までは、「拉致事件」の解決に向けて、「圧力」を加えるとの方針のもと、経済制裁を課していたわけです。それが、退陣後3ヶ月もたたずしていつの間にか、正反対のことをしているわけです。

北朝鮮政策は転換したのでしょうか。「対話」と「融和」路線ということなのでしょうか。「圧力」はどこかに消えてしまったのでしょうか。「拉致」はどうするのでしょうか。全く、「原則」のない「無原則」の政治です。

翻って、薬害肝炎の被害者の皆さんには、「原則」を楯にしているわけです。曰く「三権分立」だとか「日本の法制度を守る」とかとかです。司法(大阪高裁の和解案)の判断を行政が超越してはならないという「原則」です。

本音は、「お金」の話だと思うのですが、薬害肝炎患者には、しぶしぶの原則の30億円。一方で、北朝鮮には、ポンと無原則の448億円。

穿った見方をしますと、北朝鮮ではなく、融資が焦げ付いた国際協力銀行を助ける事が目的なのかもしれません。

国際協力銀行の田波総裁は、大蔵省の事務次官を経て財務省顧問。天下りですね。焦げ付きを抱えてしまった先輩を財務省の後輩たちが支援をする。税金をポンと使ってしまう。原則とか無原則というような話の前の話なのですが、こういうことを下種の勘ぐりというのでしょうか・・・。真相は藪の中です。福田総理に聞いてみないといけませんね。

今、テレビから、薬害肝炎の患者さんにも「全員一律救済」ということで、福田総理が法案を提出する旨が流れてきました。コロッと変わってしまったわけですね。


本日は、街頭演説で、笠原、鶴里、曽木、陶、明智、山岡、岩村と回ってきました。

陶の陶器の狛犬のところで、トイレ休憩を取ったのですが、辺りは「シーン」と静まり返っており、もしかして音を出していたのは私たちの街宣だけ、と思われるような情景でした。時より通り過ぎるダンプの「ブーン」という音の後ほど、静寂さが浮き立った感じでしょうか。

さて、道路特定財源についての考えと岐阜県連の状況について、質問を頂きました。

道路特定財源については、「12月8日」のブログに書いているとおりで、暫定税率の廃止に賛成です。また、岐阜県連というより、政治家個々人の判断で、賛成であれ、反対であれ議論されている状況です。

それらに関わらず、特別会計、特定財源、特殊法人は、原則廃止というのが私の考えです。
必要なものは予算の手当てをする。優先順位をつける。財布は一つで良いのではないですか。分かりやすいですし。

もちろん、為替介入のように瞬時に巨額なお金が必要であったり、NHKのように災害時を含め、いかなる時でも全国民への放送を確保するといった市場ベースにそぐわないが、必要な役割があるものがあることも事実ですから、白か黒かという話だけで済まないこともあるわけです。

しかし、実際、問題視されているところは、「利権の温床」とか「不透明」とか、特別で、特定の特殊な人たちが、得をする制度ではないか、むしろそういう既得権益を守るための「楯」とか「装置」になっているのではないかということですので、政権交代の暁にはゼロベースで、一からチェックということになるのではないでしょうか。

日々の掃除も大切ですが、大掃除のシーズンが来たということではないでしょうか。


ポスター用写真の候補3枚を昨日より、ホームページに掲載し、皆さんからの意見をお待ちしているところです。

実のところ、選挙のプロ(これを仕事にしている方)から聞いた話によると、ポスター用の写真は、自分で決めてはいけないのだとか。これは、自分にとって一番都合が良いというか、嫌いなところが一番目立たない「顔」を選んでしまうので、「その人らしい」表情の写真を選ぶことができないということです。

また、多治見の写真屋さんからのアドバイスでは、女性に選んでもらう方が良いとのことでした。というのも、女性は、ポスターから細部にわたって色々なことを感じ、連想していく一方、男性については、「ふーん」ということで終わってしまう。つまり、女性の方が、この点についての能力が高く、男性には備わっていない、ということなのだそうです。

実際、今掲載している3点も、写真屋さんの女性スタッフが選んだ8枚の中から、私の事務所の女性スタッフが3枚に絞り込んだものです。

ちなみに、私としては、「口をあけて笑っている」ような表情ではなく、「きりっと」している感じのポスターにしたいのですが、そのように思える写真を選んでみると、「全然駄目、問題外。」という評価でした。

皆さんの率直な意見を楽しみにしております。
独立行政法人。この改革を巡って、渡辺行革大臣と他の大臣が真っ向から対立。いよいよ福田総理の出番となって、決着をつける。年末らしい風景ではありますが、そもそもこの対決劇、意味があるのでしょうか。

独立行政法人といえば、民間ではできない国の事業を行うが、経営は民間式に自由度を増して、という法人で、現在102機関。年間総予算3兆5千億円というものです。

よく言えば、国の責任と民の柔軟性を併せ持つということですが、結局、中途半端という結果ではないでしょうか。

国ということから多額の予算が確保される一方、民間式の柔軟性ということで、天下りなどの人事や随意契約などお金の使い方がルーズになる。結局、性悪説そのものが、見事に発露された組織になってしまいました。

緑資源機構、日本万国博覧会記念機構、空港周辺整備機構などなどです。

私の考えは、国として必要な事業は国本体でやる。そうでなければ止める。この線引きは、国民から常に審判を受ける政治で判断する。ですから、独立行政法人は、原則全廃ということですね。

組織は必要なく、機能さえ維持させれば、問題は何もありません。私も官僚時代、情報通信研究機構という独立行政法人とのお付き合いも深かったこともありまして、何の無理もない話です。

では、なぜ、現在、独立行政法人の改革という美名のもとに、「改革ごっこ」が行われているのでしょうか。渡辺大臣の案も、結局は独立行政法人の大枠には全く手をつけないということなのですから。

官製談合、天下り、随意契約、ひも付き補助金、水増し請求などに象徴され、給料や退職金も公務員よりも高い水準、こういう独立行政法人の大枠が維持されるわけです。

改革ごっこですよね。

これは、やはり、独立行政法人の予算3兆5千億円が与党政治家にとっての利権、おいしい利権である、という世の疑いをますます濃くするだけのことなのですが。

本当に改革を行う、まじめにやる。結論は政権交代です。


サンタさんの季節がやってきました。

私の子供は、6歳と2歳の男の子。サンタさんを楽しみに待っています。皆さんのところは、いかがでしょうか。

さて、今年は、私、父親らしく奔走いたしました。といいますのも、上の子のお願いは、「ヘリQ」。新発売の室内用のリモコンヘリコプターです。手のひらサイズのものですね。幼稚園の友達から聞いたのでしょうか。

「ふううーん」とばかり聞いていたのですが、妻から聞いてビックリ。どこも売り切れなのだとか。ネットで検索しても「売り切れ」ばかり。子供に何気なく確認しますと、「サンタさんにお願いした。」と揺ぎ無い信念を語るばかり。「別のものを」という現実策から「何とかして」という気合に変わった次第です。親なんだなあ、と思ったりしながら、探したわけです。

結局、「再入荷」というキーワードでネット検索した結果、ヒット。恵那市のおもちゃ屋さんを見つけたわけです。3460円でした。

お店の奥さんの心配は、操縦が難しいこと。初フライトで天井の蛍光灯にぶつかって壊してしまった小学生もいたのだとか。

そこで、お店のお父さん所有の「へりQ」で、操作法を教えてもらいましたが、「うーん」という感じでした。果たして、本番ではパパの「威厳」を示すことができますでしょうか。

さてさて、25日の朝には、初フライト。それができるだけでも、「よし。」という年の暮れです。






ポスター用の写真を撮ってきました。カメラの前に立つと、どうしても緊張し、ガチガチになってしまいます。それで、今回は、2歳の下の子を連れて行きました。

子供に目が行って、お父さんの表情であったり、笑みがこぼれたり、これを期待したわけです。

どうやら、はっきりとした効果があるようで、直ぐにカメラマンの方も、「お父さんだよ、はい、バア・・・。」という感じで、子供に頼るところ大となりました。

百十日とか七五三の写真の逆という形でしょうか。妻曰く、「普通は、親が子供をあやすんだけど。」ということでしたが、「総力戦。」と返しておきました。

写真ができてきたら、ホームページで紹介しますので、どの写真が良いか、人気投票を皆さんにお願いしたいと存じます。


昨日は、瑞浪市を中心に街頭演説をして回りました。

車の窓を開けて行っておりますので、寒かったというよりも冷たかった、というのが正直なところです。

大湫で街頭演説をしておりますと、近所の方から声が掛かりました。「寒さが違うでしょ。ここは海抜500メートルですから。」 確かに、畑仕事(かたつけ、焚き物)をする方も、お昼過ぎからといった方々が多かった感じでした。段々と遅くなっている感じです。

さて、街宣活動について、コメントを頂いたり、電話でアドバイスを頂いておりますので、紹介します。

このブログへのコメントに頂いているように「アドレスよりも薬害肝炎などの問題についてコメントして欲しい。」

「「WWW.achiha.jp」と紹介しているが、今はグーグルを使ったりする方が普通だから、「グーグルに、あちは吉信と打ち込んでください。」とした方のが良いと思う。何人かと話をしたがそういう話になっている。」

「車がさっと通り過ぎてしまうので、全部聞き取れない。」

皆さん、アドバイスありがとうございます。

実は街宣のやり方は、車が動いている間は、このブログの紹介をしており、車を停めた際には、数分間の街頭演説をしております。年金、消費税、景気対策、その他、それぞれのタイミングでの話をしております。

通常、9時から始めて日没終了という感じで、一日50回の街頭演説を目標に行っておりますが、車を停める場所を捜し求めたり、スピーカーのすぐ前面に家屋があったりすると、音が「家にぶつかる」ということになって大迷惑ではないかと心配したりして行っておりますので、ちょうど良い演説場所を探し回るという具合でしょうか。

わき道では、ゆっくりと走れますが、後ろから車が続く時は、どうしてもスピードをあげてしまうことになります。

やはり一番嬉しい時は、皆さんからの反応がある時です。家の外に出て話を聞いていただいたり、拍手をしていただく。嬉しいですね。車の中から手を振っていただいたり・・・。

昨日、瑞浪の土岐町で演説した際には、ご近所の奥さんが外に出て聞いていただきました。終わってからご挨拶をしていますと、「4歳の時のあなたを知っている。保育園で合ったことがある。目の辺りに面影が残っているし、頭の形は昔と変わっていない。懐かしくて聞きに出ました。」ということでした。

我が故郷、がんばらなきゃ、と思う時です。

「うそつきは、政治家の始まり。」 

これは、学生時代に所属した早大雄弁会(弁論部)で、よく聞かされた話です。これには二つの意味が込められていました。一つは、国や国民のために、うそをついてまでも行うべきことがあるのならば、うそをつくことができるということも政治家にとって必要な能力であり、覚悟であるといった話です。もう一つは、私の立場を守るためにうそをつく政治家が多い、多すぎるということを嘲笑するという意味です。公か私のためか、という違いですね。

前者の意味で言いますと、雄弁会の先輩で、自民党結党の立役者であり、鳩山総理の側近であった三木武吉衆議院議員の「うそも誠心誠意つけば、真実になる。」ということばも、繰り返し聴かされた話です。政治家が公のために果たすべき覚悟を述べたものでしょう。「うそは方便。」という類の話ですね。

例えば、日露戦争を終結するためのポーツマス講和会議に臨んだ小村寿太郎外相は、ロシア語が全く分からないという前提で、会議では、フランス語が使われることになりました。それが条約締結後になって、初めて流暢なロシア語で、ロシア全権代表のウィッテ(後のロシア首相)と挨拶をし、ウィッテを驚かせたというか悔しがらせたというか、やられたということで賞賛されたわけです。要は、ロシア語もフランス語も堪能ということで、最初にロシア語で話す時もフランス語で通訳が話す際も理解できるわけですから、相手の話を2度聞くことで、十分な時間を稼ぎ、反撃する用意をしたということ。そして、白熱する会議の中で、ロシア側が内輪でコチョコチョと相談する内容も理解していたという事ですね。

「ロシア語が話せません。」といううそが、日本の国のためになったということです。

近年でも、「解散時期」については総理大臣の、「公定歩合」については日銀総裁の「うそ」は、マスコミにも認められた「うそ」でした。何れも公の秩序を守るためという前提があったからです。

翻って、今の日本。政治家の語る言葉、いかがでしょうか。

例えば、年金の名寄せ。3月の調査期限が守ることができないという話、いかがでしょうか。3月という参議院選挙の時の公約、そして「最後の一人まで。」という公約が、1975万件は困難ということになりました。

舛添厚労大臣、「選挙のスローガン。」

町村官房長官、「選挙中なので、簡素化してモノを言ってしまった。」

福田総理大臣、「公約違反というほど大げさなものなのかどうか。」

皆さんは、ここに、国のため、国民のため、そして公のために、という国のリーダーとしての覚悟を見ることができますか。誠意は感じられますか。

日本を変える、ならば、まず政治家を変える。これが、最初の一歩ではないでしょうか。




県病院の独立行政法人化について、以前まで県病院に勤務され、現在は土岐市で開業されているお医者様とお話をしました。ちなみに名市大卒の方です。

曰く、「名市大も、独立行政法人化されて、能力のある人には良くなっている。教授で、会社(医療関係)の社長をしている人も2人知っている。以前だったら、兼業などできなかった。ある意味良い制度。」

「しかし、公務員という待遇の良さで、県病院に勤務している看護士さんたちのようなスタッフには、厳しくなるかもしれない。公務員でなくなってしまったら、都会の方が、条件が良いので、優秀な人ほど移っていってしまうのではないか。」ということでした。

それにも増して、「名市大の医学部教授が賄賂で捕まってしまったが、この地方の人には、あちらのニュースの方が重要。つまり、良い悪いは別にして教授のご威光がなくなって行くのだから、はっきり言って、名古屋の医師だったら、瑞浪以遠には赴任しなくなるだろう。また多治見市民病院にも誰も行かなくなるだろう。今は教授に命令されて嫌々でも行っているだけのことだから。」ということでした。

要するに、益々お医者さんが、特に優秀なお医者さんほど、当地方(日本各地の地方)の大病院からいなくなっていくということです。

困ったときのお医者様。こういう状態で、この地方の将来は明るいのでしょうか。市民病院をどこに引越しさせるかなどというレベルの話では、全くピンボケということになってしまいます。

とにかく、今の制度では、有効策は見当たりません。ちらほらと話題になるお医者様への奨学金制度も、無いよりは増しということぐらいでしょう。

もはや根っこから変えるしかないのではないでしょうか。

今の政治は、東京中心の政治です。権限もお金も東京に集まっています。そういう中、何をするにも東京に頭を下げにいくわけですが、それでは追いつきません。それで、格差が広がっているわけです。

では、どうするか。仕組みを変える以外ないではないですか。地方に自主性を持たせる。そして東京は地方をサポートする。こんな仕組みです。そのために、財源も予算も地方に移譲するということです。

そのために必要なことは何か。法律を変えれば良いだけのことです。今の制度だって、人間が作ったものなのですから、人間が変えてしまうことに何も問題があるわけではありません。

私も、法案をつくる作業をしたことがありますが、こういう時のために官僚がいるわけです。方向性さえ決めてしまえば、後は、作業を行うだけのことなのです。

今のままでは駄目なのです。少なくとも医療は駄目になっていきます。では、変えてみようではありませんか。










昨日の岐阜新聞の1面トップは、県病院の独立行政法人化です。

独立行政法人といえば、現在、渡辺行革大臣が、民営化ないし統合廃止路線を掲げて活動されておりますが、要は、採算ベースに乗せていくということでして、今後、勝ち組と負け組がはっきりと出てきます。負け組の運命は、民営化を模索しながら、結果的に廃止という線が出てくるのでしょう。将来の話ですが・・・。

今回の対象は、県下の3病院。多治見の県病院の他、下呂の温泉病院と岐阜の総合医療センターとのこと。

実は、昨日、岐阜市で民主党の県連の集まりがありましたので、本件について、県会議員の皆さんに聞いてみました。

そうすると、

「議会の最後にチョロッと出た話題が、大きく扱われてしまった。しかし、これは、いつものことで、既成事実化を進めていくやり方。」

「一番の関心は、下呂の温泉病院。赤字が大きく負担大。しかし、民間ベースでできないことを公の病院が果たしているのだから、県が手を引いていくことになれば、誰もやらないので、地域医療に穴が開くことになる。名鉄病院も手を引いてしまったし。」

「多治見病院は名大系で、他は岐大系なので、別法人化するという話も出ている。」

私があれこれと聞きましたので、岐阜市選出の議員さんからは、「結局、阿知波さんがいた総務省から行革をやれとギュウギュウに迫られていて、本庁の職員の頭数を減らす事は難しいので、外にある病院の職員数の頭数で調整するという話ですよ。県の財政も苦しいし。」とのことでした。

これには、「県庁の組織を守るために、病院(県民)をスケープゴートにするということであれば、本末転倒ですね。」との問いを発すると、「そうなんですよね。」とのことでした。

独立行政法人化を行えば、勝ち負けがはっきりと出てきます。この近所の医学部をみても、勝ち組の名大と負け組の岐阜大、三重大との格差は、広がるばかりです。

自主性が広がるとか経営の自由度が増すとか、調子の良い事が言われるでしょうが、お金が少なくなれば、ジリ貧というだけのことです。

さあ、県会議員の皆さん、それに、市長さんも出番ですよ。ここで頑張らなくて、いつ頑張るのですか。多治見の県病院も建物は新しくなりますが、肝心の財布が空っぽになっていけば、ただのハコモノになってしまいます。

保守王国と言われて久しい岐阜県。ボケボケしているとただの貧乏王国になりかねません。

困った時にこその行政。ここ一番の政治。病院を駄目にしたら、反省文では済まされませんね・・・。







本日は、土岐市を街頭演説で回ってきました。
赤やピンクの椿でしょうか、きれいに咲いておりましたし、下石では、桜でしょうか?、何本も満開の状態でした。

さて、ガソリン税の話が話題になっています。つまり、ガソリンが高くなって困っている。しかし、値段(155円ぐらい)の中の53.8円は税金であり、しかも暫定税率ということで、約2倍になっている。その期限は、3月末。さあ、どうするのか。自公政権は、さらに10年間、2倍のまま延長し、道路の建設を優先するということ。一方、民主党は、税率を元通りに引き下げる方向で検討中ということです。この案だと25円ほどガソリンが安くなります。この考えは、必要な道路整備をすれば良いという考えですね。別に、道路建設費がゼロになるわけではありませんので。

つまり、他を差し置いても、道路の建設が最優先なのかという命題が浮上してきました。もしかすると、選挙の争点になるかもしれません。

私も、街宣活動に勤しんでおりますので、この近辺の道路事情について感じるところ大です。

私は、必要な道路は造るべき。でも、こんなところにこんな立派な道路は必要なの、というようなことも結構ありまして、だったら、医療や教育、環境対策や景気対策に使ったほうが良いねと感じることも多々あります。


必要な道路。①多治見市内の渋滞をなくす道路。②瑞浪、恵那間の19号線のバイパス。横道から出てくる生活車輌と猛スピードのトラックなどとの事故多発道路。③中津川市内の城山大橋(257号線:木曽川)の無料化(200円)。一つの生活圏が有料道路で分断されている。

必要な道路も、ちょっとした工夫で、直ぐに出来上がります。例えば、ガソリン税の使途を、道路を「つくる」だけから「つかう」ことにも広げれば、良いのです。19号線の瑞恵バイパスに480億円を使うこともなく(多額の予算が掛かるため、20年以上も計画倒れの状態)、高速道路を無料化(1.5兆円必要:道路特定財源は5.6兆円あるので、新たな負担はゼロ)すれば、中央道がバイパスになって解決。名古屋や春日井といった町から多治見を通過するだけの車輌も中央道を通るようになるので、渋滞も緩和するでしょう。東海環状も無料となれば、多治見の渋滞もかなり緩和されるのでは。この方法だと一瞬の内にバイパスができてしまうのです。

もし、これで中央道が混雑してくれば、3車線化すればよいだけのこと。必要な道路なのですから。

ガソリン税などの道路特定財源ができたのは、1954年。半世紀以上も前のことです。これを頑なに維持し守っていくのか、社会の変化に合わせて頭を柔らかくしていくのか。

近々、皆さんの決断を仰ぐことになるでしょう。近々です。



東京で、選挙用の写真を撮ってきました。小沢代表、菅さん、鳩山さんとの握手の写真です。

その際、小沢代表は、「日常活動を大事にしなさい。」という話を特に強調されておりました。そして「次の総選挙が最後の戦いになる。それは自分自身だけでなく、日本の国にとっても、そういう戦いになる。」という意味を噛んで含むがごときの話でした。

「問題先送り」の「じり貧」の政治を「根っこ」のところから変えていくための戦いであって、日本の命運を左右する戦いとなる。その前線に立つ候補者は、心してかかれという号令でした。もはや、日本には、時間も余裕も残されていないという叫びに聞こえました。

候補者としての責任を改めて痛感した次第です。

解散・総選挙の時期については、「分からない。ただし、いつあっても良いように準備しておけ。」ということでした。

これは、私の感じた印象ですが、徳川家康が、一度の戦いで決着をつけるべく、総力戦での戦いを行うため、双方の軍勢が集結しきるタイミングと関が原という場所を計ったように、「政権交代」を一挙に実現するためのタイミングと戦いの大義名分を探っているというふうに感じました。

相手のあることですし、解散権は福田総理がお持ちですので、駆け引きたるや、それ相応のものがあるのでしょう。

私としては、一番槍をつけるべく、準備に励むということですね。

明日は、午前は街頭演説、午後は、岐阜市で県連の集まりです。
子育てにはお金がかかる。増えるばかりといったイメージを持っていたのですが、どうやら違うようでした。

先週の月曜日に、野村證券が発表した家計支出(高校生以下の子供を持つ家庭)に占める子育て費用(教育費だけでなく、遊びも含める総計)の割合が、26.2%と、93年の33.4%以来、落ち続けているのだとか。

この間、支出全体が月29.2万円から27.4万円へと1.8万円下がっているのに対し、子育て費用は、9.8万円から7.2万円へと2.6万円下がっており、明らかに、所得減を子育て費用のところで調整している状況がうかがわれます。ちなみに、教育費自体も3.5万円から2.8万円へと減少。お稽古ごとを減らしているのでしょうか。

ちなみに、野村證券は、子供の数自体の減少と貧富の二極化の影響との分析をしています。

子育てを話題にしてのも、実は、昨日多治見インター付近で街頭演説をしていると、60代ぐらいの男の方から話しかけられたのです。

曰く、「民主党の子育て支援(中学生以下のお子さん月26000円支援)は必要ない。子育ては、親の自己責任で行うべきもの。自分も苦労してそうしてきたし、その苦労している姿を子供に見せること自体が良い教育になる。今も、児童手当とかが、もらえるらしいが、一切必要ない。子供の数を増やすことを国が考えるべきではない。」

実は、この子育て支援策、子供を抱えている皆さんからは、圧倒的な支持を集めているのですが、対象外となる高校生以上を抱えている皆さんやお年寄りからは、反対意見も頂きます。

意見を集約しますと「自分たちには、恩恵が無い。にもかかわらず多々額の税金を使うことになるので、反対。」という感じでしょうか。

結局、「今の自分」にとって損か特かという、あまりにも目先の判断に明け暮れている感じがしてならないのですが、いかがでしょうか。

子供が高校生なら、少し経てば結婚して親になるわけですし、そうなれば、孫が生まれることでしょう。

子育て支援も、何れ孫、ひ孫、代々の子孫がお世話になるというふうに考えていただいたらと、長い目で見ていただきたいのですが・・・。

何れにせよ、子供は日本の未来であって、子供が駄目になったら、日本も駄目になってしまいます。

しかし、今の日本は、国として子供に、税金をあまりにも使っていません。例えば、教育分野だけでも、先進国クラブといわれるOECD加盟30カ国の対GDP支出比率も平均の半分ほどのレベルです。

日本は、子供たちにお金をかけていません。子供たちが日本の未来であるとしたら、日本は、未来への投資を怠っているということです。そんな国に未来があるでしょうか。

もちろん、「子は親の鏡」ですから、親が主役であることは、言うまでもありません。国は、そのお手伝いとか環境整備にすぎません。

少子高齢化といわれて久しい今日ですが、予算的には、高齢化対策に比較し、少子化対策は、10分の1という水準です。

これは、余談となるのでしょう。若者の選挙離れも、昨今の話ではありませんが、影響は歴然と言うか、それ以上にはっきりと出てしまっています。

やはり、「一票の力」は大きいのです。


明日、上京し、小沢代表とツーショットで写真を撮ってきます。週の後半に、お土産話を紹介します。





本日は、多治見の北部を中心に街頭演説で駆け抜けました。

特に、北小木では、2人の男の方に外で演説を聞いていただいたので、終わった後に駆け寄って、ご挨拶をしておりますと、知らぬ間に10人を越える方々に囲んでいただきました。

派遣などの非正規雇用を正規雇用に改めないと、結局日本人の土台が弱くなってしまうとかの政策の話、出身地がどこだとか、「あちは」という名前は珍しいが、謂れは何かとか話が広がりました。

3度目の演説の成果でしょうか。

ある奥さんの「こんなところまで来てくれるんやで。」が、「ほやほや・・・。」というふうに話が広がっていきました。

「こんなところ」ではありません。「ここ」こそが大切な生活の場所であり、こういう交流の中にこそ、政治の原点がある。むしろ日本を変えていくのは、「ここ」からなのではないか・・・。

そんなことを改めて感じた一日でした。
本日は、中津川市内を街頭演説してきました。

どういうわけか、今日は、お年寄りの方から声をかけていただいたり、車を止めての声援を頂きました。

「静かに生活したいだけなのに、怖いし物騒になってきた。近所の奥さんのところへの借金の取立てが、近所の私たちのところにまで来る。来るのは、お年寄りの世帯ばかり。警察は相手にしなければ良いと、親切にしてくれない。若い者が家におらんということもあるが、いい世の中にして欲しい。」

「もう食っていけえへん。頼むでなんとかしてくれ。」

「かなわんて。防衛省は、好き勝手なことをして。明日の生活が困っている人のことを上のもんたあは、分かっとるやろうか。」

「テープの声かと思っとたが、演説が始まったで、出てきた。生の話はええよ。生の話をどんどんしやあ。」

「日本が、こんな風になるとは思わんかった。昔は良かった。あんたたあは若いで、日本をいい国にしてくれよ。」

今のままでは駄目だ、何とかしなければ。こういうエネルギーを感じます。大きなエネルギーです。このエネルギーを真正面から受け止める。もっともっと、強くならねばと、正直感じております。

明日は、多治見市からスタートです。



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