今朝は、恵那駅での街頭演説。その後、多くの皆さんとお話してきました。

立ち寄った喫茶店でのこと、お爺ちゃんが「何もええことがあらへんで、もう死のうか・・・。」とのこと。すぐさまマスターが「ほんなこと言やあすな。せめて、給付金が出るまでは死んだらあかんて。あれだけ麻生さんが、がんばっとるやもんで、顔をたててもらってあげやあ。」、「ほやなあ、2万円もらうまでは死んだらあかんか。ほんでも何時もらえるな。だあぶたっとるけど・・・。」

別の客さん曰く、「もらえるもんはもらわんと。もう当てにしとるで。消費税も困るけど、とにかくもらえるもんは早く欲しい。」

とにかく理屈を超えて、お金が欲しい、目の前の余裕というか一時の幸せといいますか、そんな雰囲気にもなっていました。

マスターの奥さんの「あちはさん、良い世の中にして・・・。」、この声、そしてその時の表情が何度も浮んできます。

昨夜のオバマ大統領の所信表明演説の光景と交錯しながらも、「頑張らなきゃ」って思うのです!

今朝は、多治見駅前で街頭演説。

今日の感触といいますか、通勤の皆さんとちょっとした感覚のズレを感じるような気がしてなりませんでした。正直、「おかしいな、なんか変だな。」という感じです。

偶然、街頭演説が終わった後に、ある方から声が掛かったわけです。「いいかげん、選挙やってもらわんと・・・、というか、何も動かん。新聞テレビも毎日ワアワアいうだけで現実が何も変わっていかない。いい加減にしてくれというよりも、あきれて物が言えない、なんてこともとっくに過ぎて、関心を失っていくというか、政治のことには何でも、中身がどうであれ、頭からうるさいと思えるようになってしまった。テレビや映画とは違うのだろうが、話が進まず、政治より国民の方が先に行ってしまったよ。しらけてもおれんし、どうしようもないし、日本はえらいことになったね。」

一言で言えば、政治不信の極みということですね。

さあ、どうすれば良いのでしょうか。

ここまでくれば、答えは総理大臣にしか出せません。

「国民の声を聞いて欲しい。」、本日の私の訴えは、これにつきました。


本日は、恵那駅前での街頭演説。1時間張り切ってやってきました。

「毎日をいかに一生懸命に働こうと、日本人がまじめで勤勉であろうと、トップに立つ大臣一人が、それを簡単にぶち壊してしまう。日本の政治は、国民の足を引っ張る政治に成り下がってしまった。日本人に情けない思いや悲しい思いをさせる政治や政権、こんなものはさっさと取り替えて、まじめで緊張感に溢れた責任ある政治を創ろうではありませんか・・・。」

さて夕方、事務所に帰ってきますと大きなプレゼントとメッセージが届いておりました。「すりこぎ棒」です。

そして、メッセージは、「身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し。」、道元禅師が詠んだ歌ですね。

世のため人のため、身を削ってでも頑張る政治家になって欲しい・・・、ありがたいことです。

このメッセージに応えるべく、さあ前進です!

このところ、世相を反映してか、私に寄せられる話も大きく中身が変わってきました。

「息子の仕事を世話して欲しい。会社が倒産したが、ハローワークに行っても良い仕事が無い。」、多治見市のお父さんです。

「仕事が紹介できなければ、ここでやとって欲しい。仕事が見つかるまで働かせて欲しい。」、これは失業中の男の方。

「手取りで最低20万円以上で雇って。できなければ、新しい旦那を見つけて欲しい。」、お子さん3人のお母さんの相談です。これまた失業中の方。

かたや、「とにかく夕食代と宿泊代が欲しい。今日一日分で良いから貰えないか・・・。」、これも病気失業中の男の方。

お力になれることとなれないこと、これが、はっきりしている現実です。なんともできない毎日が、ここにあるのです。

こんな中で、財務大臣の不祥事が全世界に広がっていく・・・。

やはり、日本を良い国にしなければ。良い政治をしなければ・・・、こういう決意を固める毎日でもあるのです。

さあ、できるところから前進です!





「今度負けたら、後がないのだから、もっと悲壮感を出すべき。」、

「街頭演説が、真っ当すぎる。もっとハッタリを利かせろ。」、

「頭が高い。官僚がぬけとらん。もっと頭を下げろ。」、

「握手やて。とにかく握手。もっと手をだしゃあ。」、

「長丁場やで、大変やで、とにかく体には留意して・・・」、

「がんばやあよ。とにかく勝たんとあかんで・・・」、

今日も大勢の皆さんのお力をお借りしながらの活動です。とにかく、一日一日ですね!!!





麻生総理の郵政民営化についての「反対だったけど、賛成した」という話。あらら、というレベルですよね。

およそ、政治につきましては、「国家百年の計」と申しますが、少なくとも日本の将来をどうするのかという考えがあっての決断のはずでないと困ってしまいます。しかし、総理のお話は、国ではなく政治家個人にとっての、その場の、目先の損得、有利不利ということを考えて、「反対だけど賛成」という行動を取ったということなのでしょう。

断固として自らの信念を貫くとか、孟子が言うところの「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人といえども吾いかん(やましいところがなければ、千万人の反対があっても自らの道を進もう。)」とか、
こういうことを総理大臣に求める事がもはや無理になってしまったのでしょうか。この孟子の言葉、吉田松陰が好み、弟子である高杉晋作が、その影響下で明治維新に取り組んでいくのですが、わずか百数十年前の日本の話ではないですか。

総理大臣になること自体をゴールにするのなら、その場その場の損得勘定で、世の流れにうまく乗って・・・ということなのでしょう。しかし、総理大臣になる事が手段であって、世のため人のため・・・ということが目標ですと、大きな志、不動の信念が必要ですよね。大きな決断ほど反対も大きいのですから。

私にも数多くの疑問が投げかけられてきました。なぜ、官僚を辞めたの。官僚を続けていれば天下りができるし、渡りもすれば、悠々やないか。わざわざ、政治家を目指すために苦労をする必要はないやないの・・・。

なぜ、民主党やの。わざわざ野党を選ぶ必要はないやないの。受かりやすい方から出ればいいのに。岐阜県は保守王国やよ・・・。

答えは、日本が好きだからです。しがらみを絶ち、既得権益に立ち向かう。これなくして日本の繁栄は無い・・・。だから、断固として戦っているのです!信念の戦いです!!!


国会議員といえば世襲、これが常態化している日本。

昨日お会いした土岐市のビジネスマン、力が入っておりました。曰く「2世、3世議員が多くなって、最近では4世議員が増えていくという話だが、こんなことをやっているから日本から力がなくなっていく。新しい血を入れなきゃ澱むだけのこと。」

「2世、3世の方が圧倒的に選挙に有利だから、けしからんとか、世の中が変わらないという声も強いが、最近はそうとは思わなくなった。」

「強い2世、3世を打ち破るだけのもっと強い新人が世に現れてこそ、世の中を変えていくこともできるし、閉塞感を打ち破ることができる。頑張って欲しい。」

さあ、喝が入りました。今日も、たたき上げの挑戦者の一日が始まります!

昨日は、土岐市の駅前での街頭演説。そして今朝は瑞浪の明賀台団地の入口で「おはようございます」運動を行いました。

散歩のお父さん曰く、「徹底的にやるやら。平成維新やら。国会中継を見とっても、同じことの繰り返し。政治をかえてもらわんと、いいかげんにしてもらわんとあかんわ。」

お母さん曰く、「孫子の代はどうなるの。しっかりしたもんを残してやらんとあかんやら。このままではあかんわ。」

通勤の車がビュンビュンと通過していく間での、一時のやりとりです。

通学の小中高校生、それに交通安全のPTAに学校の先生にと、賑やかな交差点でした。

わずか一時間の交差点、しかし、そこにこそ日本(の問題、暮らし)がある、そう感じた春の日でした。
今朝は、多治見駅前で街頭演説。あっという間の1時間でした。

さて、土曜日に、ひまわり幼稚園の発表会が多治見市の文化会館ありました。歌に劇に楽器演奏ということです。子供たちの熱演に親御さんは大満足の様子。ビデオ撮影とかで大忙しの感じでした。

園長先生の話では、子供をまず褒めて欲しいということ。次に子供たちが大勢の前で自分を堂々と表現できるようにと機会を設けているとの話でした。

大勢の前で自分を堂々と表現できるようにと、という園長先生の話に、自らの街頭演説を重ねてみますと、先にたつのは反省なのでした。自分の行動に意味があるのか、煩いだけではないだろうか、何かしらの役に立っているのだろうかと・・・。

最近、様々な事を抱く中で思い起こす言葉は、「恐れるべき事は、恐れる事それ自身である。」というルーズベルト大統領の演説です(オバマ大統領の紹介番組でよく使われましたね。)。

さあ、今日も挑戦です!





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