「依存すれば、支配される。」

これは、アメリカ人が好んで使う表現で、外交上だけでなく、各自の人生の上での「戒め」の言葉となっています。以前のブログでも紹介しました。

マスコミ上は、昨日の小沢代表とシーファー米国大使との会談が話題になっています。

「よくやった。」とか「Noと言える日本」とか、はたまた「アメリカを怒らせはしないか。」とか「そんなことをして大丈夫。」といった「素直」な反応が出ています。

最近の日米外交。率直に言って、「対米追従」とか「下請け」といった表現で記されておりますが、果たしてこれで良いのか、といった根本的な疑問がありますね。

イラクへの自衛隊の派遣についても、大本のアメリカでさえ、来年の大統領選後には、撤兵するでしょうし、イギリスも撤退を進める方向です。もしかして、日本の自衛隊が「最後の一兵」まで、といったことになりかねない状況です。これも、アメリカへのお付き合い以上の意味は見受けられません。

こういう中、日本外交は諸外国から「尊敬」を受けるというか「評価」されているのでしょうか。

南北朝鮮問題の六カ国協議でも「孤立」。地盤沈下が続いております。

例えば、アメリカにしたって、次の戦闘機の購入について、最新のF22の売却については、「No」。これまでは、F4、F15と常にアメリカから最新戦闘機の購入をしてきました。F2支援戦闘機の開発時には、「国産」という日本の方針に圧力を加え、ついには、F16ベースの共同開発ということになりました。もうこれも過去のことなのでしょう。日本は、防衛機密も守れない国なのだから、ステルス戦闘機なんて売れませんという感じですが、それ以上に、日本には売る価値もないといった感じすらいたします。

ミサイル防衛システムにしても、日本は、アメリカから購入する計画です。いくら掛かるのでしょうか。しかし、実際の運用には、ミサイルが「どこから」、「どこへ」、「どれぐらい」、「何時ぐらい」に打ちそうなのかということを衛星で監視(目)し、コンピュータで計算し、日本のどこの基地や艦船のミサイルを使うかどうかということを瞬時に判断し、命令(頭)するといった運びとなりますが、日本には、「目」と「頭」はなく、例え、日本が攻撃対象となっていたとしても、アメリカからの指示がないと、日本の迎撃ミサイルが発射できないという、誠にもって「惨め」で「馬鹿げた」状況となっています。

日本は、高価なミサイルをただ「買う」ということだけなのです。

これで、日米関係が「まとも」なのかどうか。

例えば、小泉総理の政策。代表的なのは「郵政民営化」ですが、これもアメリカから求められたものです。以前には、アメリカからの対日要望書の日本語訳がアメリカ大使館のホームページに掲載されておりましたが、これが話題になり、現在は削除されています。

小泉総理の政策で、アメリカから求められていないことは、一つでもあったのかという疑問すら出ている有様です。

民主党のマニフェストにおける公約は、「相互信頼に基づいた、強固で対等な日米関係を構築する」ということです。

「下請け」でも「植民地」でもありません。「親友」とは、相手の求める事を100%聞く関係でもありません。

まず、日本は、「自分の頭で考え、行動する。そのための準備を平生からしておく」ということが必要です。そのためには、「責任」と「負担」も必要となります。自分の事は自分で、当たり前ではないでしょうか。

「依存すれば、支配される。」今こそ、アメリカから学ぶときなのです。











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