雪、降りましたねえ。昨日は、午後からは、子供たちとの雪合戦、雪だるま作りに切り替えました。近所の精華小学校では、小学生たちが、雪だるまの玉を大きく作りすぎて、上に乗せられない(頭の部分)といった微笑ましい光景も見受けられました。

今朝は、土岐市で会合がありまして、ただ今事務所に帰ってきたところです。朝には、凍り付いていたような雪も、帰りには解けかかっており、改めて、この近所の天候のありがたさを感じました。しかし、多治見中心部は、19号、248号とも大混雑。中央道もノロノロの様子がよく分かりました。

さて、質問その2です。

人権擁護法案についてどのように思うか、という質問です。賛成が基本線です。

この法案、差別や虐待といった人権侵害に対し、現行の救済システムである裁判制度を活用できないような弱者の方を積極的に救済するために、人権委員会なる新しい仕組みを作って行こうというアイデアです。

ところで、皆さんは差別をされたことはありますか。私は、日本ではともかく、外国で受けたことがあります。学生時代に入ったロンドンのレストラン。何で私だけ、こうなるのという接客でした。ワシントンの飲食店では、入った瞬間に空気がサッと変わったこともありました。テロ後の空港では、何人かに一人のサンプル調査が義務付けられた時には、有色人種ばかりがチェックされ、白人はスイスイよといった話を聞き、実際行ってみると、私もチェックされましたし、その後毎回チェックされました。タクシーの運転手はレバノンから来た人でしたが、9.11テロの後、自宅で野球をテレビで見ていた際に、警察に踏み込まれ、逮捕されたと怒っておりました。アラブ人は、皆テロリストといった扱いだったのでしょうか。富山県に赴任した際には、特定の方だけが、葬式の際にも、ご近所からの手伝いといったつきあいの仕組みから、代々外され、特定の方々の仲間内だけで行っているという話も聞いたことがあります。

差別は、差別された方に大きなダメージを与え、その後の心にも痛みが残るものです。そういうことが実際に行われる際には、積極的に対応していく仕組みをあらかじめ作っておく、必要なのではないでしょうか。

一方、反対派の懸念も十二分に理解できます。差別とかいじめといった人権侵害は、判断基準があいまいだということです。明らかという場合ではないことが多いですし、悲劇がおこることによって明らかになる場合も多々あるわけでして、対応が遅くならないようにするためには、あいまい性を排除しきれるものではありません。また、この権利が乱用されることも想定されます。そうなると例えば、小説やドラマといった表現の自由の侵害につながることも想定されます。それに、人権委員会の委員がどういう人が適切なのかといった基準も難しいですね。つまり、白か黒か、客観的なはっきりとした判断が難しいというか、人それぞれということにもなりかねないからです。

ですが、難しいからやめておこうとか先延ばし、という姿勢では何の進歩もありません。やはり、試行錯誤を積み重ねながらより良き制度を作っていく他ないのではないでしょうか。

ですから、予め、見直しの時期とか、想定される副作用に対しては、一旦決定された事が既得権益のようにならないように見直しの時期を早めることにしておくとか、最初から柔軟な仕組みにしておく必要があると思います。

少なくとも、ガソリン税のように、今後10年間の延長といった何が何でも現状維持という硬直的な姿勢ではバツということですね。

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