「幸せにできたのだろうか・・・。」、奥様や恋人を想っての話ではありません。

本日、教育に熱心なパパさんとの話の中で、出てきたフレーズなのです。教育熱心と言っても、自分の子供への教育という事だけでなく、子供たちを育む地域や社会、ここに目を向けての講演会にお誘いを受けたのです。

「子供の面倒が見れないぐらい、貧乏で忙しい親御さんの数が増えている。最初から悪くなろうなんていう子供はいないはずなのに、悪循環に陥っている子供たちが増えている。何とかしてあげたいが、何ができるのだろうか・・・そういう問題意識の会です。」とのこと。多治見の話です。

確かに、小泉総理以来、市場、競争、規制緩和、効率、そして自己責任を標榜する新自由主義が、日本を席巻してきました。それで、実際、国民が幸せになったのか、ということですね。

パパさん曰く、「一握りの人たちは良かったかもしれない。しかし、大多数は、困った事になっただけではないでしょうか。」ということなのです。

確かに、自己責任、これは立派な事です。しかし、これは自問自答し、自らを律すべきことで、政府や政治家が国民に対して求めるべきことだったのでしょうか。自己責任、自己責任で頑張ってきた経営者も、原油高や食料を始めとする輸入インフレの前に、働けど働けど・・・、という状態に陥っているではありませんか。自分だけではなく社会もよくならないと、うまく行かないのが、この世の常なのではないでしょうか。

そして、小泉総理以来の道しるべたるアメリカのブッシュ大統領の政策も行き詰っていますね。外交も経済もです。

市場だ、効率だ、競争だ、グローバル経済だ・・・、この挙句、人々を襲っているのは、投機やマネーゲームの過熱化・氾濫で、世界中が、ほんの一部を除いてアップアップになってしまいました。

経済の安定化、これこそ政府の役割として力を入れるべき分野として光輝いています。グローバル経済、特に、金融市場の秩序化といいますか新しいルールの導入といいますか、むしろ、サミットの場で提起すべきテーマだと思うのです。何か、世界は、次のアメリカ大統領を待っているという感じなのですが、先陣を切って日本が提案を行っていく。福田総理いかがなのでしょうか。

なぜなら、日本人も困っていますし、世界の人々も困っているからです。ならばこそのサミットではないですか・・・。

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