昨日来の関東・東北の大災害、改めて、自然が牙をむいた時の恐ろしさが身にしみました。被災地の皆さんにお見舞い申し上げるとともに、救護や復旧活動など、困っている人の為に全力を尽くしている方々を大いに讃えたいと思います。

ところで、国会周辺からは、来週16日には、安全保障関連法案の強行採決が行われる旨の報道が相次いでます。一方、自衛官の皆さんの献身的な、自らの危険を省みない救援活動の状況を見るにつけ、「頼りになる存在」との思いが心に焼き付いていきました。本日お話した皆さんの反応も一様に、「すごい。」、「さすが。」、「偉い。」というような所です。自衛官は、国民のために頑張っている、ありがたい存在であることを思い返させた光景でもありました。

では、そういう自衛官に対し、私たちは、どのように向き合っているのでしょうか。どう向き合うべきなのでしょうか。

例えば、審議されている集団的自衛権の行使という問題は、自衛隊を海外の戦争に参戦させることを含んだものです。戦争になれば、傷つく人や倒れる人、一言でいえば、戦死者がでることも、自然な成り行きになってしまいます。

今国会では、自衛官の戦死ということに、どのように対応しようとしているのでしょうか。また、私たちは、戦地に赴く自衛官をどのような想いで送り出していくことになるのでしょうか。

国会では、生身の人間であって、家族もあり傷つきやすい存在である一人の自衛官について、安全保障法案の審議の中で、どのような対応を考えているのでしょうか。安倍総理のお考えは、どのようなものなのでしょうか。質問をはぐらかすだけで、お考えがよくわからないのです。では、献身的な自衛官に対し、私たちは、どのように向き合って行けば良いのでしょうか。

はっきり言いまして、命の話を真正面から見据えない安全保障の国会の審議は、ナンセンスにつきます。自衛官を軽んじ、自衛官の命を重く受け止めているとは思えない安倍総理の姿勢からは、国民の命を大切に受け止めているとも感じることはできません。

そのような、人の命や人生を真正面から受け止めようとしない国会から、国民に幸せをもたらすような成果が出てくるとも思えません。

ここに至れば、法案の廃案が最も適切なものだと思います。

安全保障にとって、最も大切なことは、何より国民のまとまりです。一致団結なき安全保障がいかに脆く危ういものであるかは、歴史が語るところです。安全保障法案の審議から、国民の理解も納得も、増して一体感も生まれていません。安倍総理からも反対者を説得していこうとの努力や熱意も感じることはできません。ただひたすら、時間の消費を図る機械的な対応だけです。

廃案にむけ頑張るぞ・・・、これが正直な想いです。

ちなみに、今朝は、中津川駅前での街頭演説でした。国道19号線にある気温計は、7時前で18度。この夏以来初めて20度を割った朝でした。季節の移ろいは、はっきりしています。

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